トランペット(4)―サド・ジョーンズ(Thad Jones)
いわゆる「音楽一家」はジャズの世界にも見られ、その代表格は、父親と四兄弟がプロのミュージシャンとして名を成したマルサリス・ファミリーであろうが、ハンク(Hank, p)、サド(Thad, tp)、エルヴィン(Elvin, ds)のジョーンズ(Jones)三兄弟、およびパーシー・ヒース(Percy Heath, b)と二人の弟も忘れてはなるまい。
上に名前を挙げた内の一人、サド・ジョーンズ(Thad Jones、1923年3月28日-1986年8月21日)は、早くも10代半ばからトランペット奏者としてプロの道へ歩み出したが、そこはショービジネスの華やかな世界とは異質と言うべきアメリカ軍楽隊で、従軍して第二次世界大戦も経験した。
そして戦後の1953年、カウント・ベイシー(Count Basie)・オーケストラに加わり、トランペット奏者としてはもちろん、作曲編曲の面でも重要な働きをした後、1965年には白人ジャズドラマーのメル・ルイス(Mel Lewis)と共にサド・ジョーンズ=メル・ルイス・ジャズ・オーケストラを結成して10年余りに亘り活動を続けた。
1978年には活動拠点をデンマークに移し、ラジオ局のための作曲や編曲を行う一方、自らのバンド「エクリプス(Eclipse)」を結成。
しかしベイシーの死後、アメリカへ戻り、この巨匠が産み育て、またサド自身もかつてそこで研鑽を積んだオーケストラを率いたのがキャリアの締めくくりとなった。
と、こうして音楽上の履歴を書き並べてみると、サド・ジョーンズの堅実・控えめな性格も自然と浮かび上がるように思う。
そしてこれがまた、彼のパフォーマンスに色濃く反映しているのである。
その最大の特質は、中庸に根差した抒情性と言うべきだろう。
もっとも、一口に"lyricism"と言っても無論万紫千紅で、サド・ジョーンズのそれは、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, tp)に煌めく先鋭な情調とも、またケニー・ドーハム(Kenny Dorham, tp)の醸す閑寂な風情とも一味違う、穏やかで温かい、鷹揚な情感に満ちている。
さらに、この鷹揚という点に関しても、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, tp)の開放的大らかさとは趣を異にし、積極的には訴えかけることのない、しかし来るものは拒まず的寛容とでもいったものが感じられるように思う。
従って、ゆったりしたパフォーマンスに、サド・ジョーンズの魅力を多く見出せる傾向は否定できないけれども、上の特質を具えたアップテンポの演奏が思わぬ音楽的気付きをもたらしてくれることも間違いない。
上に挙げたアルバムのタイトルにある"magnificent"とは、言うまでもなく「壮大な、 堂々たる、崇高な、」といった意味の形容詞だが、個人的には、度量の広い「大人(たいじん)」のイメージがもっとも相応しいと思っている(因みに、そこでベースを弾いているのはパーシー・ヒース)。
以下の二つのパフォーマンスだけでも、そんなサド・ジョーンズの器の大きさを十分感じ取って頂けるはずだ。
https://www.youtube.com/watch?v=XgfD1FWn4Pw
https://www.youtube.com/watch?v=O2coNI2kqhM
星影のステラ(Stella by Starlight)
タイトルに「星(star)」という単語を含むスタンダードナンバーの多いのは、夜空に煌めく星の美しさ、神秘的な魅力などを考えれば至極当然と言えよう。
実際、特に意図したわけでもないのに、本サイトでも「スターダスト=星屑(Stardust)」「星に願いを(When You Wish Upon A Star)」の二曲を既にご紹介しているが、今回はその例をまた一つ重ねようと思う。
「星影のステラ(Stella by Starlight)」だ。
なお、「星影」とは「星の光」の謂いである――などと言わずもがなのことを敢えて書くのは他でもない、白状すると、私はこの曲に最初に出会った中学生の頃、原題の意味は捉えられたものの、それがなぜ「星影」なのかが理解できなかったからである……
ついでに蛇足を加えれば、"stella"はラテン語で星を意味し、その流れを汲む現代西欧語でも同様の義に使われることもご承知の通りである。
それはさておき、「星影のステラ(Stella by Starlight)」もまた、元々はそれ単独の音楽作品としてではなく、1944年に公開された映画「呪いの家(原題:The Uninvited)」のために書かれた。
原曲はインストゥルメンタルで、作曲者ヴィクター・ヤング(Victor Young)の率いるオーケストラにより、映画において先ずオープニングで演奏される。
この映画は、タイトルからも想像されるように、ホラーを基調としながらそこにロマンスとミステリーの要素を加味したものだが、そのヒロインであるステラのリクエストに応じて、彼女に魅せられた音楽家リックが弾いて聴かせるところでも使われている。
もっとも、それは即興で旋律を紡ぎ出しながらのことで、ごく最初の部分を弾き、「これは『星影のステラ』、君に捧げる曲だ、」と言ったかと思うと、リックは他の暗澹たる曲に切り替えてしまう。
すなわち、「星影のステラ」は映画において前面に華々しく姿を見せるわけではないのだが、その美しい印象的な旋律は、やはりストーリーに見事な点景を添えていると言うべきだろう。
さて、「呪いの家」公開から2年後の1946年、ネッド・ワシントン(Ned Washington)によって「星影のステラ」に詞が付され、翌年、フランク・シナトラ(Frank" Sinatra)、ディック・ヘイムス(Dick Haymes)、デニス・デイ(Dennis Day)の3人のヴォーカリストがそれを吹き込んだレコードをリリースした。
特にフランク・シナトラがアクセル・ストーダル楽団とともに録った盤はヒットとなり、1952年にチャーリー・パーカーにより一層ジャズの領域に引き寄せられて後、バド・パウエル(Bud Powell, p)、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, tp)、デクスター・ゴードン(Dexter Gordon, ts)、ビル・エヴァンス(Bill Evans, p)、オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson, p)といったモダン・ジャズの巨匠に好んで取り上げられたほか、アニタ・オデイ(Anita O'day)、エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)などにも歌われ、スタンダードナンバー中のスタンダードナンバーとも言える位置を占めるに至ったのである。
最後に、拙訳を付して詞をご紹介するとともに、二つのパフォーマンスをお聴き頂いて本稿を終えよう。
[Verse]
Have you seen Stella by starlight
星の光を浴びたステラを見たなら
Standing alone with moon in her hair
月を髪に透かして一人たたずむ
Have you seen Stella by starlight
そんなステラの姿を目にしたら
When have you known rapture so rare
他の喜びなど色褪せるはず
[Chorus]
The song a robin sings
コマドリはさえずり続ける
Through years of endless springs
尽きることのない永遠の春に
The murmur of a brook at evening tides
夕暮れの小川は波立ちざわめく
That ripples through a nook where two lovers hide
恋する二人が身を潜める片隅で
That great symphonic theme
見事に調和した調べの如き
That's Stella by starlight and not a dream
星の光を浴びたステラは現実
My heart and I agree
心の底から思う
She's everything on this earth to me
私にとって彼女はこの世のすべて
She's everything that you'd adore
そして誰もが崇拝する存在だと
・アニタ・オデイ(Anita O'Day)
・バド・パウエル(Bud Powell)