オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(On Green Dolphin Street)
しばらくジャズのアーティスト、すなわち人物の紹介が続いてきたので、ここでまた少し視座を変え、楽曲を取り上げてみようと思う。
と言っても、ジャズで奏される曲は星の数ほどあり、そこから何を選択すべきか途方にくれるので、先ずは「スタンダード・ナンバー」にターゲットを絞りたい。
ご承知のとおり、スタンダード・ナンバーとは、さまざまなアーティストによって演奏されたり、歌い継がれてきた曲を指し、当然、「名曲」との称号を勝ち得ているものとなる。
この意味からすると、クラシックの名曲はすべてスタンダード・ナンバーといえるかもしれないが、クラシックの作品は、楽器編成を初め速度記号や発想記号などが作曲家により指定されるため、通常、同一曲であれば耳に響く音楽がそれほど大きく異なることはない。
それに対し、ジャズにおいては奏者の自由度が高いため、同じ曲でも演奏形態やアーティストによってまったく表情の違ったものとなることがある――というより、それが普通で、そのような名スタンダード・ナンバーが数多存在して、まさに千紫万紅・百花繚乱の感を呈しているのである。
そこで、今後折りに触れてジャズのスタンダード・ナンバーを取り上げ、それぞれについていくつかのパフォーマンスを聴き比べていきたい。
これにより、曲を一層玩味できると同時に、アーティストの個性・特質に対する理解も深まるのではないかと思う。
その第一回目にご紹介するのは「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート(On Green Dolphin Street)」。
逐語訳して「緑のイルカ通りで」と取ると奇妙なタイトルに聞こえるが、グリーン・ドルフィンはイギリスにある小さな港町の名、すなわち固有名詞で、これはそこでのラブ・ロマンスを描いた映画の主題曲である。
つまり、邦題は「グリーン・ドルフィンの町(通り)で」とでもなるだろうか。
その映画は、エリザベス・ガッジの小説「グリーン・ドルフィン・ストリート」を原作とするヴィクター・サヴィル監督の「大地は怒る(原題は小説と同じ)」で、1947年に公開されたもののあまりヒットせず、主題曲「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」の方も芳しい評判を得ることはなかった。
細かいことだが、小説・映画のタイトルには前置詞の"On"がないが、曲の方にはほとんどの場合これが付されている。
「ほとんどの場合」と限定したのは、ビル・エヴァンスのアルバム「Green Dolphin Street」に、この曲が同じタイトルで収録されていることを鑑みてのこである。
また、元々インストゥルメンタルだったものに、後にネッド・ワシントンが歌詞を付したらしいが、現在それが歌われることはほとんどない。
そのぱットとしなかった曲が、一転して陽の目を見るようになったのは、帝王マイルス・デイヴィスの演奏によってであろう。
個人的なことになるが、私はジャズを聴き始めた頃、このマイルスの「オン・グリーン…」に邂逅し、これによりジャズに対する関心と嗜好が決定的なものとなったといっても過言ではない。
その不朽の名演は、既に以下の記事でご紹介済みなので、まだお聴きでない方はまずそちらをご覧頂きたい。
そしてここでは、さらに二つのパフォーマンスをお届けしようと思う。
まずはウィントン・ケリー・トリオ(Wynton Kelly Trio)による幾分軽妙な演奏。
https://www.youtube.com/watch?v=QBPc5hXDyds
もう一つはデューク・ピアソン・トリオ(Duke Pearson Trio)の幽玄な雰囲気を具えたものだ。
https://www.youtube.com/watch?v=NhuvU-ztVrU
同じ曲が同じ編成で奏されても、これだけ味わいに差が出るのである。
そしてここに、ジャズの妙の一つがあると言ってよいだろう。