マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)
現在、ジャズのスタンダードナンバーとして定着している曲には、元々ミュージカルのために書かれたものが少なくないが、今回ご紹介するマイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)もその一例である。
作詞・作曲はそれぞれロレンツ・ハート(LorenzHart)、リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)というお馴染みのヒットメーカー・コンビで、1937年、ミュージカル「ベイブス・イン・アームズ(Babes in Arms)」を彩る一曲として誕生した。
その詞は次のように歌う。
My funny Valentine, sweet comic Valentine
わたしの楽しいあなた、優しく滑稽なヴァレンタイン
You make me smile with my heart
あなたはわたしを心から笑顔にしてくれる
Your looks are laughable
あなたの姿はちょっとおかしいし
Unphotographable
写真写りもよくないけれど
Yet you're my favorite work of art
わたしにとっては最高の芸術作品なの
Is your figure less than Greek?
身体はギリシア彫刻のようではないし
Is your mouth a little weak?
口元だって締まりがないから
When you open it to speak
あなたが何かを話しても
Are you smart?
頭がいいとは思えない
But don't change a hair for me
でも、わたしを想ってくれるなら
Not if you care for me
どうか髪の毛一筋も変えないで
Stay little Valentine, stay
今のままのあなたでいてくれたら
Each day is Valentine's Day
毎日が素敵な日になるの
これからお分かりの通り、ヴァレンタインは見てくれの冴えない男と設定されているわけだが、ミュージカル初演の際にそれを演じたレイ・ヘザートンは当時の主役の必須要件たる整った容貌を具えており、この齟齬を演出家がどう解決したのか、興味のあるところである。
その点、ミュージカルを翻案した1939年の映画(邦題は「青春一座」)では、背丈が160cmに届かなかったというミッキー・ルーニーが主人公を務めたので、自然な配役と言えるかもしれない一方、役名がヴァレンタインからミッキー・モランへと変更されてしまったため、名曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は削除されてしまった。
さて、上の詞の内容からすると、明るく軽快な曲が連想されるのではないかと思う。
しかし、ロジャースはこれに陰りを帯びたメロディーを付けた。
この、一見ミスマッチとも感じられるこの取り合わせ、ロジャースの曲にのせてハートの詞が歌われることで、単なる「明るく楽しい恋の歌」から、詞の内容に陰影が付されて深みのある音楽作品へと昇華されていることは間違いない。
楽しさの中にふと感じる寂しさや悲しさ、今の幸福に終止符が打たれるときが来るのではないかといった不安な感情などが、この曲を演奏するアーティストそれぞれの感性により、いろいろな形で表現できるため、ジャズ・シーンにおいて数多くの名演奏がなされてきたのであろう。
その中でも特に白眉と称すべきパフォーマンスを二つ、以下にご紹介したい。
・https://www.youtube.com/watch?v=gaw4cGO5H-k
・https://www.youtube.com/watch?v=_-N_9xpWXVU
余談だが、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の詞を手掛けたハート自身も、頭髪が薄く低身長、さらにアルコール依存症で同性愛者だったと言われている。