以下の記事において、タイトルに「星(star)」という単語を含むスタンダードナンバーの多いことを述べたが、それ以上に目立つのが、同じく夜空を飾る、我々にもっとも近しいともいえる天体、月を冠した曲である。
いま、思い付くままに挙げてみても、Moonlight Serenade, Moonglow, Polka Dots And Moonbeams, How High The Moon, Fly Me To The Moon, The Moon Was Yellow, Moon River, Old Devil Moon, Blue Moon, Moonlight In Vermont, ……をはじめとして、まだまだ思い浮かぶほどだ。
そんな中から、今回は「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン(It's Only A Paper Moon)」をご紹介しよう。
この曲もやはりブロードウェイの舞台「ザ・グレート・マグー(The Great Magoo)」のために書かれたもので、元々は"If You Believed in Me"というタイトルだったらしい。
作曲はハロルド・アーレン(Harold Arlen)、作詞はエドガー・イップ・ハーバーグ(Edgar "Yip" Harburg)とビリー・ローズ(Billy Rose)の共作、1932年のことだが、舞台が失敗に終わったこともあって、挿入歌も話題とはならなかった。
しかし、続いて1933年、今度は映画「当って砕けろ(Take a Chance)」で使われ、ポール・ホワイトマン楽団の演奏とペギー・ヒーリーの歌唱を録ったレコードが人気を博し、さらにその後、エラ・フィッツジェラルドやナット・キング・コール・トリオという人気アーティストによる録音が、同曲をスタンダードナンバーの地位へ押し上げたのである。
そして1973年には、ジョー・デヴィッド・ブラウンの小説「アディ・プレイ(Addie Pray)」を原作とするピーター・ボグダノビッチ監督による映画「ペーパー・ムーン(Paper Moon)」において、ポール・ホワイトマン楽団の演奏が再び取り上げられたことで、一般にも広く知られることとなった。
この点については、同映画でライアン・オニール、テータム・オニール父娘が共演し、さらに翌1974年の第46回アカデミー賞において、テータムが史上最年少(当時10歳)で助演女優賞を得た話題性も与っているのかもしれない。
ではここで、いつものように拙訳を付して詞を引用させて頂こう。
I never feel a thing is real
現実のこととは思えない
When I'm away from you
あなたから離れていると
Out of your embrace
抱きしめてもらってないと
The world's a temporary parking place
この世は一時駐車場みたい
Mmm, mm, mm, mm
らーら、ら、ら、ら
A bubble for a minute
束の間のシャボン玉
Mmm, mm, mm, mm
らーら、ら、ら、ら
You smile, the bubble has a rainbow in it
あなたの微笑はシャボン玉の中の虹
Say, it's only a paper moon
そう、それはただの紙のお月様
Sailing over a cardboard sea
厚紙の海の上を滑っていく
But it wouldn't be make-believe
でも決してまやかしではないの
If you believed in me
わたしのことを信じてくれれば
Yes, it's only a canvas sky
そう、それはただの布地の空
Hanging over a muslin tree
モスリンの木の上にかかる
But it wouldn't be make-believe
でも決してまやかしではないの
If you believed in me
わたしのことを信じてくれれば
Without your love
あなたの愛がなければ
It's a honky-tonk parade
それはただの騒々しいパレード
Without your love
あなたの愛がなければ
It's a melody played in a penny arcade
それは単なる遊園地のメロディ
It's a Barnum and Bailey world
それはあのサーカスの世界
Just as phony as it can be
同じように演出されたもの
But it wouldn't be make-believe
でも決してまやかしではないの
If you believed in me
わたしのことを信じてくれれば
映画「ペーパー・ムーン」の中では、かつて関係のあった女性の娘アディ(テータム)を、嫌々ながら親類の家まで送り届けることとなったペテン師モーゼ(ライアン)が、次第に彼女との絆を深めていくさまが描かれ、これがまず上の詞と重なるとともに、確かテータム・オニールが紙の月に接するシーンもあったように思う。
最後にヴォーカルとインストゥルメンタル、それぞれのパフォーマンスを一つずつご紹介して本稿を閉じよう。
https://www.youtube.com/watch?v=2_uwE0WkM7Y
https://www.youtube.com/watch?v=agWKvXMCTL4