ジャズ on the net|JAZZの名曲・名演を動画で試聴

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ミスティ(Misty)

今回ご紹介するスタンダード・ナンバー「ミスティ(Misty)」は、私が「ジャズ」と意識して聴いた最初の曲(そして演奏)で、それゆえ一種特別の想いがある。

 

もう数十年も前のことになるが、オーディオ雑誌に掲載されていた記事を読んでジャズに興味をもち、土曜日か日曜日の夜に放送されていた「ゴールデン・ジャズ・フラッシュ」というFMの番組を聴いたところ、一番最初に流れてきたのが、確かこの「ミスティ」だった。

 

音楽は、それを聴いた頃のさまざまな出来事を記憶の底からよみがえらせる強い力をもっているが、この曲は、個人的になかなか想い出の深いその時代に、今でも私をタイムスリップさせてくれる。

 


その名曲「ミスティ」が誕生したのは1954年、作曲者はジャズ・ピアニストのエロール・ガーナー(Erroll Garner)である。

 

ある日、飛行機でニューヨークからシカゴに向かっていたガーナーは、窓の外の霧がたちこめた情景からインスピレーションを受け、瞬間的にこの曲のメロディーが頭に浮かんだという、有名なエピソードが伝えられている。

 

その後間もなく、ジョニー・バーク(Johnny Burke)により詞がつけられ、曲全体を支配するロマンティックなメロディーも相俟って、ポピュラー音楽の世界でも広く一般に知られるようになった。

 

正直なところ、個人的にはヴォーカル曲としての印象は薄いのだけれど、例によって詞の一部を引用・訳出させて頂こう。

 

Look at me

わたしを見て

I'm as helpless as a kitten up a tree

まるで木の上にいる哀れな子猫みたい

And I feel like I'm clinging to a cloud

雲にしがみついているような気持ちなの

I can't understand

どうすればいいのかしら

I get misty, just holding your hand

あなたと手をつなぐだけで、ぼうッとしてしまう

 

walk my way

あなたに出会うと

And a thousand violins begin to play

ヴァイオリンが一斉に鳴り始める

Or it might be the sound of your hello

あなたの「こんにちは」という声は

That music I hear

わたしには素敵な音楽

I get misty the moment you're near

あなたがそばにいるだけで、とても不思議な気分 

 

最後に、作曲者自身によるものと、私のジャズとの邂逅となったRay Bryantの演奏を、いずれもピアノ・トリオでお聴き頂いて本稿を終えたい。

 

https://www.youtube.com/watch?v=AA2_6kS45E0

https://www.youtube.com/watch?v=RbmgUmI3HmI

 

 

バイ・バイ・ブラックバード(Bye Bye Blackbird)

1920年代の中期、名コンビとして数々のヒット曲を世に送り出した作曲家レイ・ヘンダーソン(Ray Henderson)と作詞家モート・ディクソン(Mort Dixon)。

 

その代表作の一つに、1926年に書かれた「バイ・バイ・ブラックバード(Bye Bye Blackbird)」があり、次のように歌われる。

 

Blackbird, blackbird, singing the blues all day

Right outside of my door.

Blackbird, blackbird, why do you sit and say

There's no sunshine in store. 

 

ブラックバードとは、イギリスではツグミ類のクロウタドリを指し、アメリカではハゴロモガラスをはじめとするムクドリモドキ科の数種の鳥の総称だが、この歌詞においては、「幸福」のシンボルである青い鳥の対物、「不幸」の象徴として使われていることは間違いないだろう。

 

 

 

 

アメリカのスラングでは、「買春に現を抜かすボストンの男(たち)」をblackbird(s)と言い、この意味を歌詞に読み取る説があるほか、後に黒人人権運動が盛んになって人種間の対立が激化すると、ブラックバードに黒人を重ね合わせる差別的な解釈も行われた。

 

しかしながら、この曲を最初に歌ったジーン・オースティン(Jane Austen)のパフォーマンスを素直に聴く限り、そのような特定の暗喩を読み取るより、やはりもっと広く、聴くものそれぞれが抱えている悩みや苦しみ、不幸一般として捉えるのが妥当と思われる。

 

この観点に立ち、歌詞の一部を引用・訳出してみよう。

 

Blackbird, blackbird, singing the blues all day

悲しい歌を一日中、このドアの前で

Right outside of my door.

歌っている黒い鳥。

Blackbird, blackbird, why do you sit and say

黒い鳥、黒い鳥、なぜそこにとまって囀るのか

There's no sunshine in store.

「明るい陽なんて差すものか」と。

 

All thru the winter you hung around,

冬の間中、ずっとおまえに付きまとわれて、

Now I begin to feel homeward bound.

私は故郷が恋しくなってきた。

Blackbird, blackbird, gotta be on my way

黒い鳥、黒い鳥、私は帰る

Where there's sunshine galore.

明るい陽射しに満ちた場所へ。

 

Pack up all my care and woe,

悩みも悲しみも荷造りして、

Here I go, singing low,

こう口ずさんで出ていこう、

Bye bye blackbird.

さようなら、黒い鳥。

Where somebody waits for me,

私を待つ人のいるところ、

Sugar's sweet, so is she,

砂糖のように優しい、あの人の元へ、

Bye bye blackbird.

さようなら、黒い鳥。 

 

 

 

 

「バイ・バイ・ブラックバード(Bye Bye Blackbird)」は、ジーン・オースティンの後にも、俳優・コメディアン・作家などとして幅広く活躍したエディー・カンターが取り上げたほか、1999年に3部門でトニー賞を受賞したミュージカル「フォッシー(Fosse)」にも使われている。

 

しかし何といってもその白眉は、1958年のアルバム「ラウンド・アバウト・ミッドナイト('Round About Midnight)」に収録された、マイルス・デイヴィスの演奏であろう。

 

それに先立つ1955年、マイルスにジャズの世界への扉を開いた一人であるチャーリー・パーカー(Charlie Paker)が世を去っており、バード(bird)と敬愛されたその恩師への哀悼が、曲のモチーフを良い意味に捉えなおした上でそこに籠められている――というのも、なるほどと頷かれる。

 

これはかつてウィスキーのCMに使われたことがあるけれども、もうかなり前のことなのでご存知の方は少ないかもしれない。

 

 

そして1991年、マイルスもまた、彼を敬慕するキース・ジャレット(Keith Jarrett)に、この曲の演奏を捧げられたのである。

 

https://www.youtube.com/watch?v=rX_75D0lC2o

https://www.youtube.com/watch?v=KV2lNHfSXBQ